2009年7月24日金曜日

岩田屋久留米店と西鉄久留米駅との相互依存

西鉄久留米駅の開業は1924年だった。ここから99年間の賃貸契約が
師範の家と締結された。師範の父親が周辺の土地を売却して、駅建物から
名店街、ホームに至る全てを建設されて、家主となられたのである。
岩田屋さんについては、裏千家の淡交会九州支部長だった故・中牟田喜一
朗氏の先代が、土地は買い上げる、と頑として譲歩されなかったらしい。
これは旧館の話であり、岩田屋さんには売却されている。

時は過ぎ、師範が私に笑顔をふりまいてくれていた日々には、今の岩田屋
の土地は更地のままに駐車場として、師範の家の所有地でした。たぶん、
売却されたのでしょう。
西鉄久留米駅前では再開発事業がありました。このあと、99年の契約が
どうなったのか、私は知らない。

大牟田には表千家の会社社長がおられた。
「騒々しいおばさんがたとの茶よりも、男同士の茶がやりたい」
「みんな仕事があって・・・」
と寂しげにしておられた。
社長から茶室に誘われた途端、私は帰るを考えてしまった。
恥ずかしいことばかり思い出してしまいます。
末席を汚すことで、あたふたしないくらいには師範に教えてほしかった。

この娘の師範たる立場について、
「わたしでもなれないのに」
「俺でもなれないのに」
という冗談っぽい言い方だが、本音の部分を耳にする場があった。
師範は下を向いてしまう。
私が思うには、
違うんだ。まったく。
茶と、仕事との切り替えというか、それぞれに纏っておられる、醸し出さ
れる大気、オーラが全く異なる。同一人物とは思えないほど、にだ。
それに、純粋さ。
・・・・・あんまり書いたら怒られる。

故人からの教えを思い出します。
「意味の無いカネをあげるものではない。人はそれを当てにするようにな
る」
「カネは不幸を退ける道具物」
・・・・・佇立・・・・・




パソコン・キーボード・変換など先月の9日から全てを始めました。
ネットに繋がったのは20日。
痩せました。筋肉がおちたのがわかる。
1分間で60回の腕立て伏せ、踵を上げてのスクワットは50回やってた
けれど、今はとても出来ない。
成りすまし、って奴でかなり遠回りしてしまいました。
投稿にしても、やっと打ち終えたと思ったら、すべて消えてしまうという
のが何回か続いたんですが、グーグルに変えてからはスムーズです。

数日前、過去の投稿分も書き上げたばかりの分からも、活字が飛び飛びに
□で隠されてしまいました。がっかりして、もう寝ました。
ところが翌朝パソコンを開いてみると、いつもとは違うページに始まり、
全てが元通りになってました。バンザイです。
世界観が違う。すばらしい。




白骨樹<その他>を〆る眼差しか姿尊く響け実生に

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